★埼玉師範塾 講義 占部賢志先生 
平成22年3月20日 師範塾講座ノート


◆歴史に見る教師の使命と課題

1、教育正常化の着眼点
●問題行動はなぜ起こるか

・阻害要因(非行促進力)>教育力(抑止力)
・100<120→非行防止
・50>40→非行出現


阻害要因だけ注目するから場当たり的になる
教育力に着眼しなければならない

阻害要因
小中学校生対象の調査
自然体験が出来ていない
「日の出日の入りを見たことがない」
中学校2年生までに 見たことがない昭和50年20%が平成16年には50%を越える
 ↓
体の重心が現在の子ども達が2センチちょっと後ろにづれる
 ↓
体力テストが異常に低下している
腹筋背筋が異常に劣化
女の子の胎児を守る腹筋力がない所まできている
広島の小児学会で発表された
 ↓
子供の電子映像メディア付け
テレビを付けっぱなし、携帯電話、パソコン
子ども達に大変な悪影響を与えている
ポケモン事件で1万人が気分が悪くなる韓国で2人死亡
電磁波が小さな子ども達にすさまじい影響を与えている
全国体力テストの結果を見て
 ↓
文部科学省で小学校で携帯禁止にした
屋内に入って来て、屋外で遊ばなくなった
変な歩き方をしている体育教師が指導が出来なくなった

▼20年前1万5千歩歩いていた幼稚園児が5千歩しか歩かなくなった

小学生の電子映像へのかかわりが一日平均5〜6時間を越えた
年間授業時間の倍、電子映像を見ている
 ↓
我が子すら守れない腹筋背筋力しかなくなってしまった

3年間の全国学力テストの結果

学力上位だった子供の共通点
1、早寝、早起きの子供
2、きまりを守っている子供
3、故郷が好きな子供、地域の行事に参加している子供(長野県のデータ)
   ↓
関連してそうな事が解ってきた

体力上位の子供の共通点(過去2回の全国テスト)
1、毎日朝食を食べる子供
2、一日3時間以上テレビを視聴している子供は体力が低い
3、毎日朝食を食べ、8時間以上睡眠をとり、テレビ視聴1時間未満の子供は著しく体力が高い

100万単位のデータが共通点を示した
学校で打つ手、地域で打つ手、家庭で打つ手がおのずとわかるはず

学校文化、教師文化が崩壊している

国家君が代の歌詞の意味で君が代の君は天皇陛下である
(平成元年)→こうした当たり前のことを教えていないのは問題である

文化教育力に着眼しなければならない

●問われる教師の力量

福岡県では現場で日教組を叩き潰した
真っ向勝負を挑む一人で1000人の日教組を相手にする位の力量を持て

1989年ベルリンの壁崩壊と共に社会主義革命思想も崩壊した

日教組は逆風、凋落の一途をたどっているのに教育が正常化しなかった
なぜか?
保守派に人材がいなかったから(教師の力量を磨かなかった)

▼いじめ問題が15年前位から社会問題になった

・立場の違いによる社会的スキルの高さの順位(10年前のデータ)

加害者3位
被害者5位
冷淡な傍観者4位
心弱い傍観者2位
仲裁者1位

 ↓ ここから何が見え何をすべきか

・心弱い傍観者を何とかしたい

▼傍観者に揺れの幅が大変大きい
ここに対して手を打たなければならない
傍観者が仲裁者になるかもしれない

大多数を占める傍観者に手を打つべき

被害者の社会的スキルをどう上げていくかが課題である

★多種多様な人間関係をつくる最小単位が5名
多彩な人間関係5名になると10通りの付き合い方が出来る

年齢が違う多彩な人間関係をつくらなければならない

・意図を持って学級経営をしなければならない
男女を混ぜたグループをつくらせる
ジェンダーフリー教師に限って男子と女子に分けたがる(誤りである)

リアルにものを見る目を養う事が出来るようになる

1864年幕末 文久3年 開国10年後
1867年慶応2年に初めて日本人が外国に行く許可が出た

しかし1863年に国の政策を無視して吉田松陰の門下生ら5名が出国
劣等生がゆえに思い切った行動を取った
イギリス商人の船に乗り上海からロンドンへ→ロンドン大学へ留学「長州ファイブ」と呼ばれていた

遠藤謹助 井上馨 井上勝 山尾庸三 伊藤博文

山尾庸三
商船をつくる技術を学びたかったがお金がなかった。しかし、森有札ら薩摩の藩士達が支援し学ぶことが出来た。薩長同盟がロンドンで1年前にできていた。
帰国後、技術者の工部学校をつくった。

工員達のしている奇妙な手の動きを不思議に思ったが、実は手話であった。手話を使いメディア商船工場で聴覚障害者が健常者以上の仕事をしている姿にとても感動した。
 ↓
ろうあ学校をつくった(山尾庸三がつくった)

遠藤謹助
造幣技術を学んで来た

井上勝
鉄道敷設技術を学んだ

井上馨
のちの外務大臣

伊藤博文
初代総理大臣

◆幕末の志士の特徴 →竜馬は仲裁者で先を見る 高杉晋作は死を覚悟して今一瞬を生きる

韓国のほとんどのメディアで阪神大震災の被災者が体育館でゴミの分別までやっていた事に感動した
アメリカの調査団が来て、何で日本人がこんな行動が出来たのか、戦前から班活動をやっていたからという事が評価された。
学習指導要領に書いてなくても日本古来から地域社会の風習なので身に付いていた5人組の文化

にもかかわらずこの唯一学校文化で残っているものを潰している

●高校教師が挑む小中学生への教育実践

子供たちへー歴史に学ぶ思いやりの心(福岡北ロータリクラブ)
東京都中学生7万人へわたしたちはどのように行動すれば美しいか(全国マスターズ記者クラブ)
人は何のために生きるのかー立志と勇気、そして博愛の物語(鯖江ロータリークラブ)
・道徳教材の執筆と提供

▼大阪池田モラロジー事務所主催「詩のコンクール」の特別審査員並びに講師

「伝えよう いのちのつながり」入選作品 池田小学校3年生
(池田小無差別殺傷事件被害者PDSD患者)

 山

山をけずらないでね 自然がなくなるから 木がなくなったり 草や葉っぱがなくなるよ 知らないよ 知らないよ 全めつするよ 生きものが

▼NPO法人アジア太平洋こども会議・イン福岡「世界にはばたく日本のこども大使育成塾」塾長


帰国報告 「海外に行くならもっと日本の事を知っておくべきだった」と反省し泣いた 国旗の意味も知らない 日本の文化や博多の文化を教える日曜学校をつくった

すべてカリキュラムをつくった(1年間)
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座禅体験、茶道体験、国旗、国家、皇室について
地引き網体験、包丁さばき体験、伊勢ヶ浜部屋訪問

他の生きとし生けるものの貴重な命をいただいて我々人間は生きている
ノミノスクネ(後の菅原道真)が相撲の天覧試合を初めてやった
 ↓
◆自分の私塾を展開すべき

日本の私塾に見る感化力ー学ぶこと自体に歓びを覚える教学の系譜
1、伊藤仁斎と「古義堂」
@元禄商人と『論語』
A三河島原村の農民菅原太次兵衛と夏目七左衛門/われ誤てり

・道徳教育が現場でわからない
規範意識を身につけさせるだけでは底が浅い
結果として身につくだけ

日本で道徳教育をつくったのは
中江藤樹→基本中の基本 
孝は私を破り捨てるものなり・・・私利私欲に走ろうとする心を親孝行の心がいさめる

・大野了佐への教育(知的障害児)
たった1行を覚えるのに200遍6時間×100日間も教えてようやく覚えさせた。食事を取る度に忘れていた。
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了佐のためだけの教科書をつくった。「我、了佐ニ於テ幾ド精根ヲ尽ス」
 ↓
何と了佐は医者になる。

これこそが教育である!

越後開拓農民長兵衛の手記「江戸雑用仕揚割賦帳」

●ビクトール・フランクルの教示

人間の幸不幸は→生きる意味で決まる

→自らが学んで身につける事が必要がある